
Chrome の組み込み AI APIs 入門 - ブラウザ内 Gemini Nano で何ができて何がまだ実験的か
AI 機能を Web アプリに足すとき、これまでは「ユーザーの入力をサーバーの LLM に送って、結果を返す」のが定番でした。でも、要約や翻訳のような軽い処理のたびに外部 API を叩くのは、コストもレイテンシもプライバシーも気になります。
Chrome の組み込み AI APIs は、この前提を変えます。ブラウザ内のオンデバイスモデル(Gemini Nano)を使い、サーバーに送らずその場で推論する。先日書いた WebMCP と同じく「ブラウザ自身が AI を持つ」流れの一部です。この記事では、何があって・どう使い・何がまだ実験的かを整理します。
何があるか(安定度の早見表)
組み込み AI APIs はオンデバイスモデルで動きます。ただしモデルは一つではなく、要約・Prompt・文章生成系(Writer/Rewriter)は Gemini Nano、翻訳と言語判定は専用の expert モデルを使い分けています。そして API ごとに成熟度がかなり違う——これが現状の最重要ポイントです。
| API | 役割 | 状態(2026年時点) |
|---|---|---|
| Translator | 翻訳 | 安定(Chrome 138以降) |
| Language Detector | 言語判定 | 安定(Chrome 138以降) |
| Summarizer | 要約 | 安定(Chrome 138以降) |
| Prompt | 自由なプロンプト | 拡張機能は安定(Chrome 138以降)。Web 向けは提供が進む途中(一部オリジントライアル・要確認) |
| Writer | 文章生成 | 試用段階(オリジントライアル) |
| Rewriter | 文章書き換え | 試用段階(オリジントライアル) |
| Proofreader | 校正 | オリジントライアル |
NOTE
ここを読み違えると事故ります。本番の Web アプリで安定して使えるのは、現状 Translator・Language Detector・Summarizer の3つです。Prompt API は Chrome 拡張機能では安定していますが、Web 向けは提供が進んでいる途中(一部はオリジントライアル)です。Writer/Rewriter/Proofreader はまだ試用段階です。提供状況は Chrome のバージョンで動くため、本番投入前に必ず公式の最新ステータスで確認してください。
共通の作法: availability から create へ
これらの API は共通の形を持っています。グローバルなクラス(Summarizer・Translator・LanguageModel など)があり、
- まず存在を確認する
availability()でモデルが使えるか確かめるcreate()でインスタンスを作る- 実行する
という流れです。安定版の Summarizer API で具体例を見ます。
// 1. サポートされているか
if ('Summarizer' in self) {
// 2. 利用可否('available' / 'downloadable' / 'downloading' / 'unavailable')
const availability = await Summarizer.availability();
if (availability !== 'unavailable') {
// 3. オプションを指定して生成
const summarizer = await Summarizer.create({
type: 'key-points', // 'tldr' / 'teaser' / 'headline' も
format: 'markdown', // 'plain-text' も
length: 'medium', // 'short' / 'long' も
});
// 4. 実行(ストリーミングは summarizeStreaming)
const summary = await summarizer.summarize(longText, {
context: '技術ブログの記事本文',
});
}
}availability() は 'available' / 'downloadable' / 'downloading' / 'unavailable' の4状態を返します。ポイントは 'downloadable' と 'downloading'。オンデバイスモデルなので、初回は端末へのモデルダウンロードが必要になることがあり、「すぐ使える(available)」とは限らない前提で UI を組む必要があります。Translator や LanguageModel(Prompt API)も、同じ availability() → create() の作法です。
何がまだ危ない / 注意点
オンデバイス AI は魅力的ですが、Web アプリに入れる前に踏まえるべき現実があります。
- Chrome 限定: 他ブラウザでは動かない。
'Summarizer' in selfのような存在チェックとフォールバックが必須 - モデルのダウンロードが要る: 初回は数百MB級の DL が走り得る。
'downloadable'の状態を考慮した進捗 UI を - 状態がバラバラ: オリジントライアルや Developer Trial の API(Prompt の Web 利用、Writer/Rewriter/Proofreader)は本番前提にできない
- 品質はクラウド LLM 未満: 小型オンデバイスモデルなので、高度な生成・長文の整合性はサーバー LLM に劣る。タスクを選ぶ
- 端末の性能・ストレージに依存する
WARNING
オリジントライアルや Developer Trial 段階の API を本番で使うのは避けてください。トライアルは期限付きで、仕様変更や提供終了があり得ます。本番投入するなら、安定した Translator / Language Detector / Summarizer に絞り、かつ「使えない環境では従来手段に落ちる」フォールバックを必ず用意します。最新の実験 API を早く触りたい場合は EPP(Early Preview Program)に参加する手があります。
サーバー LLM との使い分け
オンデバイス AI は「サーバー LLM の置き換え」ではなく「使い分け」で考えるのが現実的です。
| 向いている(ブラウザ内 AI) | 向いている(サーバー LLM) |
|---|---|
| 機密データを外に出したくない処理 | 高度な生成・複雑な推論 |
| オフラインでも動かしたい | 長文の整合性が要る出力 |
| 軽い要約・翻訳・言語判定 | 最新・大規模モデルの品質が要る |
| API コストをかけたくない常用機能 | ブラウザ非依存で全ユーザーに提供したい |
たとえば「入力文の言語を判定して翻訳ボタンを出す」「コメントの下書きを手元で要約する」といった軽量・常用・プライバシー配慮の機能はブラウザ内 AI が映えます。一方、本格的な文章生成や横断的な推論はサーバー側に任せる——という二段構えが、2026年時点の妥当な設計です。Gemini 3.1 のようなクラウドモデルとオンデバイスの Gemini Nano を、役割で住み分けるイメージです。
まとめ
- Chrome の組み込み AI APIs はオンデバイスモデルで動く(要約・Prompt・文章生成系は Gemini Nano、翻訳・言語判定は専用モデル)。サーバーに送らず、プライバシー・オフライン・低レイテンシが利点
- 本番で安定して使えるのは Translator・Language Detector・Summarizer の3つ(Chrome 138以降)。Prompt は拡張で安定・Web は提供途中、Writer/Rewriter/Proofreader は試用段階(正確な状況は公式ステータスで確認)
- 共通の作法は
availability()→create()→ 実行。戻り値は4状態で、'downloadable'/'downloading'(初回モデル DL)を前提に UI を組む - Chrome 限定なので存在チェックとフォールバックが必須。トライアル段階の API は本番に使わない
- サーバー LLM とは「置き換え」でなく「使い分け」。軽量・機密・常用はブラウザ内、高度な生成はサーバー
「AI はサーバーに送るもの」という前提が、ブラウザ内モデルで少しずつ崩れています。まずは安定3 API とフォールバック設計から、手元で試してみてください。